5 ハウセスナース
「がははははは、世界のスーパーグレードな英雄ランス様が来てやったぞ」
四方を砂漠に囲まれ、さらに絶えず荒れ狂う砂嵐、太陽も星も見ることも出来ず、そして道しるべもない。
伝説に名はあがれどその実態を知るものはいない、伝説の都市“シャングリラ”
その伝説の都市にいきなり赤い忍者装束の女忍者を一人引き連れた緑の甲冑を着た男が訪れた。伝説の終焉であった。
「な、なぜここに……ハウセスナースの守りがあるはずなのに……
いや、今はそんなことより相手を懐柔しなければ……宴だ、宴の準備をせよ!」
シャングリラには防衛戦力といったものは存在しない。極端に臆病なデスココが、自分以外の人間をシャングリラ内に入れないためである。
今デスココが指示を出した相手も、ランプの精によって動く能力が与えられた人形にすぎない。
そのため、たとえ相手が二人だとしても戦うという選択肢はデスココにはなかった。実はランプの精に戦わせるという選択肢もあったのだが、残りの願い事が2つしか残っていなかったため、もったいなくて使えなかったのである。
宴の場に案内されたランスは、正面に座るデスココを見て一生懸命過去の記憶を思い出そうとしていた。
「(う〜ん、あいつの名前何ていったかなぁ? デ…ココ、デ、デ……そうだ! デブココだ、デブココ!!)」
ちゃんと話を聞いていれば自己紹介していたのに、男の話など聞く耳を持っていないランスは、その容姿からデスココの名前を勝手に推測してしまう。
そんなランスに食事や酒を勧めながら話しかけるデスココ。
「…………あの砂漠を越えていらっしゃるのは大変だったでしょう?」
「ん、あ、ああ…砂漠ね……俺様は世界最高の英雄だし、こいつは大陸一の忍者だ。方向感覚がずれることがないから、大丈夫だったぞ」
「(忍者……ハウセスナースも気配を感じられなかったため妨害できなかったのかもしれぬな……)そうですか、さすがリーザス王ランス様ですな」
「がはははは、当たり前だ。ん、ちょっとしっこ。君、案内をたのむ」
こんなところで1ヶ月ももたもたしてるつもりのないランスは、さっさとシャリエラと接触してしまおうとシャリエラにトイレへの案内を頼む。
「なんで私なんか…? 私なんかよりきれいなお姉様たちがいるのに?」
「ん、俺様にはシャリエラちゃんが一番可愛く見えるぞ」
「えっ、そんな、なぜ……」
といったようなやりとりを経て宴の会場に戻ったランスは、デスココに対し思わず禁忌を犯してしまう。
「ふぃ〜、さっぱりした。ところでデブココ、このシャリエラちゃんだけど……」
「デブ……今、デブとおっしゃいましたね」
「そんなことよりシャリエラちゃんを……」
「デブと言いましたね!?」
「うるせぇなぁ、デブをデブと言って何が悪いんだ!!」
「もう許せません!!」
<キュッキュッキュ……>
怒りに顔をどす黒く染めたデスココが、宴の間も大事そうに抱えていたランプをこすり出す。するとランプからモクモクと煙が湧き出し、やがて人の形を作り始める。
「(あちゃ〜、もったいねぇ……これで願い事が後1つになっちまったじゃねえか)」
今回はデスココがランプの精を呼び出す前にカタをつけ、シャリエラを人間にする願いの他にもう一つの願いであ〜んなことや、こ〜んなことを願ってもいいな、なんて考えていたランスは、いきなりのデスココの行動にしばし呆然とした。
「戦わせていただき……」
「うるせ〜!!」
<ザシュッ>
せっかくの願いが減ったことに腹をたてたランスは、出てきたランプの精を一撃で切り捨ててしまう。
「あひ、あひ、あ……」
「お前もとっとと死ね」
<ザシュッ>
返す刀でデスココを切り捨てたランスは、再び出てきたランプの精にシャリエラを人間にしてくれるように願う。
「どうして? どうして私なんか?」
「俺様がシャリエラちゃんを欲しかったからだ。そしてシャリエラちゃんにそばにいて欲しかったからだ」
過去の歴史。シィルを失って半身を失ったかのような孤独に襲われたランス。そのランスの孤独を誰よりも癒そうとしてくれた一人がシャリエラだった。
自分の人形としての出生から、人間としての強い思いがなく、周りにとけ込む勇気を持てない孤独の中、自分を見てくれたランス。
もしランスがいなければ自分は人形に戻っていたかもしれない、という感情が、孤独に押しつぶされそうになっていたランスに共感し、精一杯癒そうとする行動につながっていたのである。
ランスはそんなシャリエラに、今回もまた近くにいて欲しいと願ったのである。
「ランス王様……ずっとそばにいます」
そんな気持ちをランスの眼から読み取ったシャリエラが、泣きながらランスの胸に飛び込む。
「ランスの馬鹿……でも、これがランスなんだからしょうがないよね……」
その状況を見せつけられる格好になったかなみがつぶやく。
そう、これがランスなのだからしょうがない!!
「かなみ、見つかったか?」
その後、シャリエラから隠し部屋のことを聞き出した(巧みに誘導質問した)ランスは見せかけだが、かなみに隠し部屋への入り口を探させていた。
「(知っているくせにぃ〜)……あったわよ」
「ふむ、確かに隠し扉だ。GOODだぞ、かなみ」
「な、何言ってんのよ」
隠し部屋へ通じる隠し扉は、かなり巧妙に隠されており、事実前回の歴史では捜索に一部隊を投入しやっと見つけられたものである。
それをただ一人で見つけた(ことになっている)かなみに対し、シャリエラが尊敬のまなざしで見つめている。
「さすが大陸一の忍者です。すごいです、かなみさん」
「いえ、あの、それほどでも……」
カンニングしたテストでいい点数をとったことをほめられたようで、何となく照れくさい様子のかなみ。
「んじゃあ、行くぞ」
そんな二人の様子を見ていたランスが、おもむろに声をかけ、隠し扉を開ける。
そして暗い通路をしばらく歩くと、前方からかすかに光が漏れているのが見えてきた。
「誰? デスココじゃないわね?」
そこには鎖につながれた状態で、一人の少女が座っていた。大地の聖女モンスター、ハウセスナースである。
「ムカッ、スーパーハンサムな俺様をあんなデブと一緒にするな」
「この場所を知っているのはデスココだけのはずなんだけど……」
「あのデブは俺様が倒してやった」
「ふーん、じゃあ今、ここの支配者はあんたなんだ。デスココと違うんなら、あたしを解放してくれるの?」
「ん〜、解放してやりたいのはやまやまなんだが、今はまだお前の力が必要だ」
「なんだ、やっぱりデスココと一緒なんだ」
「ムカッムカッ、そういわれると腹がたつ。1年だ、1年たったら解放する。だからそれまでは俺様に協力しろ」
「まぁいいわ……でも食事とかはいいものを食べさせてよね」
「そのくらいなら任せておけ」
「で? いったい何をすればいいの?」
「まずは……………」
ランスがハウセスナースに望んだことは、リーザス、ヘルマン、ゼスを結ぶ砂漠の道の管理。これによりリーザスは残り2国に対し大きな戦略上の要地を占めたこととなる。
そしてもう一つ、
「へっ、ゼスの山にある洞窟まで地下道を通すですって??」
「ああ、ゼスにある聖女の洞窟っていうところまでだが、出来るか?」
「馬鹿にしないでよね、あたしは大地の聖女モンスター、ハウセスナースよ。大地を操ることで出来ないことはないわ!
ただどうしてそんなことをしなきゃならないのかわからないだけよ」
「ああ、理由はそこにウェンリーナーちゃんがいるからだ」
「えっ、あんたウェンリーナーのこと知ってるの?」
「ああ、世界の英雄である俺様が、悪いおっさんに捕まっていたウェンリーナちゃんを助けてやったことがあるからな。がはははは」
「そう……ウェンリーナーを助けてくれたんだ……」
聖女モンスターはその強大な力ゆえに欲深い人間につけねらわれることが多い存在である。ハウセスナースもデスココに捕らえられていた。
目の前のランスという男は、そんな聖女モンスターであるウェンリーナーを助け、今また自分を1年後という条件付きであるが助けようとしてくれている。
なぜだかわからないが、極度の人間不信であるはずの自分が、目の前のランスという男の言葉を微塵も疑っていない。
「わかったわ。でもつながるまでに1ヶ月くらいかかるわよ?」
「1ヶ月か……まあいいだろう。俺様は可愛い女の子には寛大だからな、がはははは」
こうしてランスは戦略上の要衝であるシャングリラをわずか1日で手に入れたとともにゼス侵攻を前に聖女の洞窟へと至る道を確保したのである。
「がはははは、一石三鳥! さすが俺様!!」
シャングリラの隠し部屋にランスの笑い声が響く。それは本当に嬉しそうであった。